びっくり箱

●信越線・車中
岸本厚子(22)が膝にハンカチをひろげ、みかんを食べている。向い合った座席に眠る田島良司(22)の寝顔をみつめながら食べる。
惚れている目。
交差し触れている足がこ人の間柄を物語っている。
窓の外を、冬の信州の風景が流れてゆく。
婦長(声)「岸本さん,”くに”はどこだっけ」

●回想・病院・ナースセンター
産婦人科病棟。
看護婦の厚子が金井婦長(45)に休暇届を出して,いる。
厚子「長野です」
婦長「ああ、ぶどうと栗のお菓子がおいしいんだ」
厚子「また持ってきます」
婦長「ハンコハンコ(探しながら)お母さん、仕事してるの?」
厚子「うちで洋裁。リフォームですけど」
婦長「―お直し―」
厚子「婦長さんも何かあったら」
婦長「こう忙しくちゃ、これ(制服)脱いだら、すぐパジャマだもの」
厚子「ここ、七人じゃ無理ですよね」
婦長、ハンコに息を吐きかけ、じわっと押しながら、
婦長「月曜には出てきて頂戴よ。朝からオペが入ってンだから」
厚子「ハイ。宅間さん、帰るまでに生れるかなあ」
婦長「生れてくれなきゃ。あとがつかえてンだから困るわよ」
開けっぱなしのドアから、退院支度の若夫婦と赤んぼうを抱いた初老の母親。
母親「いろいろお世話になりました」
若夫婦「ありがとうどざいました」
検温をすませて、もどってきた看護婦の津森洋子(27)たちも一緒に、にぎやかに送り出す。
一同「おめでとうございます」
厚子「パイパイ(赤んぼうに)」
師長「あと、お大事に」
母親「あの、これ、皆さんで―(包み)」
婦長「そんなご心配―規則ですから―」
師長、口では断りながら、包みを無視して先に立って送りに出てゆく。
洋子と厚子が包みを前にし、
厚子「―といいながら、頂くことになっております」
洋子「間こえるわよ」
笑いながら休暇届をチラリと見る。
急に表情を変えて深刻なヒソヒソ話。
洋子「―彼、行くって?」
厚子「(うなずく)」
洋子「子供のこと、話したの」
厚子「…… (首を振る)」
洋子「どして?」
厚子「お情けで結婚してもらうの、やだもの」
洋子「彼の気持どうなの」
厚子「五分五分じゃないかな」
洋子「五分五分ねえ」
厚子「うまくいきそうだったら…話す」
洋子「うまくいかなかったら?」
厚子「……(無言)」
洋子「お母ぎん本当に何にも知らないわけ?」
うなずく厚子。
けだるそうに椅子に腰を下ろす。
手紙の文面がダブる。
厚子(声)「(張り切った声)お母ちゃん、お元気ですか。私も張り切って働いています」

●信越線・車中
眠る良司。靴をぬいだ足が厚子のすぐ横に上っている。
三つ目のみかんを食べ厚子。良司、目をさまして大あくび。
厚子、みかんの皮をむいてやる。
甘いしぐさとは別人の如き勇ましく気負った声。
厚子(声)「この間の非番の日、新宿で知らない男性からお茶に誘われましたが、にらみつけてやりまじた」
笑いかけながら、むせた良司にお茶をついでやる厚子。
厚子(声)「ひとりぼっちで寂しいこともありますが、女一人で頑張っているお母ちゃんのことを考えると、どんな誘惑にも負けないでやってゆけます」
突然、アッと叫ぶ厚子。
良司「なんだよ」
厚子「名刺持って来た?」
良司「ツブれてしまった会社の名刺出したってじようがねえだろ」
厚子「……」
良司「―どの程度のおつきあいですかなんて聞かれたら、どうすンの?腕組んで歩くぐらいにしとくか」
厚子「そういうことはあたしが言うから」
良司「オレは黙ってりゃいいな」
厚子「オレってのは…」
良司「言葉遣いうるさいのか、おふくろさん」
厚子「すごくキチンとしてるの―」
良司「やりにくいな。この際なあ……」
腹のあたりをマフラーで包むようにする厚子。
良司「ハラ、痛いの?」
厚子「ううん、なんでもない」

●スナック「チャランケ」・前(夕方)
ボストンバッグを下げた厚子と良司。
厚子「たしかここから二、三分」
良司「たしかって―自分のうちだろ」
厚子「引越してから二回しか帰つてないもの」
良司「いきなり帰って、うちにいるかな」
厚子「一日中ミシン踏んでるに決まってるもの。(ゆきかけて)ね、おじぎ、チャンとしてね」
良司「OK」
厚子「すぐ迎えにくるから」
良司、少しげんなりしながら「チャランケ」へ入ってゆく。
歩き山す厚子、気が重い足どりに、あまり上手でない手紙の文字とキチンとした母、とし江の声がダブる。
とし江(声)「女一入、生きてゆくことは大変ですが、貧しくとも人にうしろ指をさされない、正々堂々と胸を張った暮しをして下さい」

●岸本家・表(夕方)
同じ作りの二軒が棟をならべて建っている。
「洋裁・仕立物直し致します」の看板。
岸本とし江の表札。
立ちどまる厚子。
とし江(声)「男性とのおつき合いは、特に慎重にお願いします。キチンとした学歴、威張って名刺の出せる職業、妻子を養ってゆける収入は、夫となる最低の条件だと思います。釣り合いの取れた立派な生活の伴侶を選んで下さい。情におぼれて道をあやまってはなりません。白い歯を見せ、馴れ馴れしい態度を見せ、つけ込まれることのないように」
厚子、男ものの靴下が出窓の下の植木に引っかかって落ちているのに気づく。
とし江(声)「くじけそうになったら、歯を喰いしばって顧張っているお母ちゃんのこと考えて下さい」
拾い上げて、見上げると、出窓に男ものの縞のパンツや
もも引きがプラ下っている。
ハッとなって、のび上る。ガラス戸越しに、中が見える。
ミシンと人台の奥に、母のとし江の前で、米倉友行(48)が、大きく口をあけて、のどに薬を塗ってもらっている。
とし江(声)「二人で心を合せて、お父さんのお位牌に恥じないように生きてゆこうではありませんか。かしこ。母より」
寝巻の上にどてらを羽織り、帯を締めかけのだらしない姿。
米倉「あ、しみる」
とし江「まだ、つけてないわよ、アーン」
米倉「もういいよォ」
とし江「つけなきゃ直ンないわよ、アーン」
米倉「アーン」
とし江、自分も口をあけて新婚夫婦の如く甘えあっている。
靴下を手に俸立ちの厚子。
うしろから声がかかる。
男「すみません、そこちょっと」
せまい路地いっぱいに葬儀屋が二人、銀色の飾り花や棺らしいものを持って、隣家へ入ってゆく。
厚子、靴下を手に、自分の家の格子戸に押しつけられる格好。

●岸本家・茶の間(夕方)
とし江と米倉。
厚子(声)「ごめん下さい」
とし「ハーイ、どなた?」
厚子(声)「……厚子です」
とし江と米倉、口をあけたまま、一瞬ポカンとなる。
次の瞬間、
とし江「厚子。あッ!」
米倉「おい、どうする」
とし江「早く、あっち」
米倉、帯を引きずりながら押入れをあけるが、布団や茶箱でいっぱい。
泡くって次の部屋にとびこむ。
格子戸を叩く音。
厚子(声)「お母ちゃん、厚子!」
とし江「ハーイ! いま、開けます」
とし江、男ものの下駄を下駄箱にほうり込み、開ける。
固い表情の厚子が立っている。
そのうしろで葬儀屋が物を運び込んでいる。
とし江「どしたの急に。帰るんなら帰るって電報ぐらい打てばいいじゃないの」
厚子「――」
とし江「突っ立つてないで上ンなさいよ。ただいまもいわないで、どしたのよ」
「上ンなさい」と言いながら、上りがまちに仁王立ちになり、上られては困るとし江
厚子、押しのけるようにして上る。
キョロキョロ見廻す。
とし江、口はにぎやかにしゃべりながら、手落ちがないかと、これもキョロキョロする。
とし江「元気そうじゃないの。仕事忙しいんでしょ。急にくるんだもの。びっくりしたわよ」
たばこに新聞をかぶせたりしながら、
とし江「お隣りのおばあちゃん、今朝がた亡くなったのよ。なんかこっちまで落着かなくって」
厚子、となりの部屋へゆきかける。
とし江「すわンなさいよ」
厚子「おみやげ、お仏壇に」
とし江「あとでいいじゃないの、アッ!待って」
言う間もなくパッと襖をあける。
誰もいない。
ほっとするとし江。
とし江「おばあちゃん、六十八、九かしら、この前帰った時、あんたにってお餅持ってきてくれた―覚えてるでしょ。あんたもあとでおまいりにいって頂戴よ」
厚子、仏壇に。
亡父の小さな写真。
合掌しかけてふと、台所の間じきりから、帯がシッポのようにのぞいているのに気づく。帯は用心深くそろそろと手繰込まれている。
厚子、帯を持ってぐいと引く。
とし江「あ(なにしてンの)」
綱引きになる。
力いっぱい引っぱる厚子。
戸がガタガタ鳴って、どてらをはだけた、米倉が転がり出る。
米倉「――お帰えンなさい」
厚子「だあれ、この人」
とし江「――米倉さん」
米倉も厚子も、ハアハア息を切らしている。
米倉「アッちゃん、力、強いかわ」
厚子「(呟く)アッちゃん―」
米倉「あ、いやあ、とし江から、しょっちゅう、話、聞かされてるもんだから」
とし江「(突つく)」
厚子「とし江…」
とし江「お母ちゃん、とっても、お世話になってる人」
厚子「お世話」
とし江「あ、そういう意味じゃないのよ」
米倉「お世話になってるのはこっちの方。三度のメシから着るもの」
とし江「トモさん―」
厚子「そのマフラー、お母ちゃんに送ったのに……」
米倉の首に女もののマフラー。
米倉、あわててはずす。
具合の悪い沈黙。
とし江「-お住まいはこの裏のアパート」
米倉「(釣り込まれて)“通い”なの」
とし江「アンタ――」
取りつくろえばつくろうほどボロが出る。
厚子、みやげものを仏壇にのせ、父の写真を直す。
とし江「黙ってるつもりはなかったのよ。お正月に帰った時にでも正式に」
厚子「(チンとカネを叩く)」
とし江「――米倉さん、東大、出てるのよ」
米倉、居たたまれない。
米倉「――たばこ、買ってくる」
気弱な笑いで、
米倉「ごゆっくり」
出てゆく米倉の背を見る厚子。とし江。

●スナック「チャランケ」
熊の木彫りやアイヌの人彫り。
白樺の木などで北海道ムードの小さい店。
カウンターにマスター(55)とママ(50)。
客は隅でコーヒーをのんでい良司ひとり。
入ってくる米倉。
マスター「おう」
ママ「いらっしゃい」
米倉「いやあ、参ったねえ」
マスター「?」
常連らしい。
米倉「いきなりドカーンときたのよ」
マスター「ダンプでも飛びこんだの?」
ママ「あら、あの道、車入んないでしょ」
マスター「ダンプと一緒に暮してンだ。おどろくこたァねえや。なあ」
米倉「小型ダンプが飛び込んできたのよ」
二人「小型ダンプ?」
米倉「娘が帰ってきたのよ」
マスター「ああ、東京で看護婦してる」
たばこに火をつけていた良司、ハッとなる。
ママ「とし江さん、あんたのこと、娘さんには――」
米倉「言いそびれてたんだなお〕
ニ人「それで――」
米倉「オレ、綱引きして負けてさ」
二人「ツナヒキ?(判らない)」
米島「たばこ――」
ママ「――切れてンだ」
米倉「はなしにゃ聞いてたけど、融通利かないな、あの子は」
ママ「マジメ?」
米倉「上にクソがつくね」
マスター「こういう時は、ズベ公の方がハナシは楽だなあ」
米倉「たばこ…」
良司、立ってたばこを差し出す。
米倉、ちょっとびっくりして、いいすか?すみませんという感じで一本くわえる。
良司、ライターで火もつけてやる。
じろじろ見る。
米倉、へンな顔をして、これも見返す。
ママ「どしてるの?」
米倉「…修羅場…」

●岸本家・茶の間(夕方)
茶を入れるとし江。
固い表情を崩さない厚子。
厚子「お茶なんかいいわよ」
とし江「仇のうちへきたって、お茶ぐらい飲むもんなの。『おやこ』だろ」
厚子「親なら親らしくしてよ」
とし江「―(黙って茶をつぐ)」
厚子「どういう人なの」
とし江「カリント、食べるかい」
厚子「年、いくつ」
とし江「巳だから―八かな」
厚子「二つ下」
とし江「カリン卜」
厚子「(いらない)奥さんや子供のいる人じゃないでしょうね」
とし江「三年前にーーちゃんと離婚してる」
厚子「何してる人?商売?おつとめ?」
とし江「カリント(お上りよ)」
厚子「カリント作る会社につとめてンの?」
とし江、カッとなる。
とし江「看護婦ってのは、そういう口の利き方するのかい」
厚子「――」
とし江「お母ちゃん、患者じゃないんだからね」
厚子「患者ならもっとやさしくするわよ」
とし江「――そりゃお母ちゃん、威張れた立場じゃないけどさ。娘じゃないか。そんな高飛車な口の利き方してたんじゃ、お娘のもらい手、ないから」
厚子「ご心配なく。ちゃんといます!」
とし江「――いるわけないよ」
厚子「いたらどうするの」
とし江「ミシンの上で逆立ちしようじゃないの」
厚子「待ってらっしゃいよ」
厚子、立ち上る。
とし江「厚子!」

●スナック「チャランケ」(夕方)
たばこをすっている良司。
カウンターで、マスターとママを相手にヒソヒソばなしの米倉。
マスター「看護婦つてのがまずかったね」
ママ「看護婦さんて、ふた通りあるらしいわよ」
マスター「男の患者とよろしくやってンのと、オールドミスでさ、ナイチンゲール勲章なんてのもらうのと」
米倉「ありゃ、ナイチンゲールのクチだな」
二人「(ため息)」
居心地悪くたばこをすう良司。
ドアがあく。
二人「いらっしゃい」
入ってきたのは厚子。
良司「あ」
厚子「待たせてごめん」
言いかけて――米倉に気づく。
厚子「――l」
米倉「さきほどはどうも――」
厚子「……」
米倉「そちら――(良司)お友達……」
二人「――」
米倉「――いま、たばこいただいたとこ――ハハ」
米倉、マスターたちに、
米倉「(囁く)ナイチンゲール」
奇妙な感じの三人――

●岸本家・茶の間(夕方)
すわっているとし江。

●岸本家・表(夜)
岸本家にもあかり。
棟を連ねた隣りの小塚家には白黒のくじら幕が張りめぐらされ、葬儀社の男が明日の告別式をつげる紙をはり出している。
どてら姿の米倉が半端な感じでもどってくる。
窓の中をのぞこうとして路地を入ってきた僧侶にぶつかってしまう。謝びてやりすごし、またのぞく。
とし江の前に坐る厚子と良司の盗が見える。

●岸本家・茶の間(夜)
固い表情で向きあうとし江、厚子、良司。
厚子「田島さん」
良司「良司です」
とし江、少し頭を下げる。
厚子「(突っいて)ザブトン。遠慮しないで――」
良司「うん――(敷かない)」
とし江「おとし――」
厚子「おない年」
とし江「あんたに聞いてんじゃないの」
良司「二十三です」
とし江「学校は」
良司「木更津高校」
厚子「東大じゃないけど」
とし江「あんたに聞いてないっていってるでしょ。いま、お仕事」
良司「あの」
厚子「良ちゃん、名刺――」
良司「アッ子。ありゃまずいよ」
厚子「いいから名刺」
とし江「あんたたちそういうおつきあいなんですか」
二人「え?」
とし江「良ちゃん、アッ子。もうそういうおつきあいしてるんですか」
良司「いやあ、そんなんじゃないすよ。腕組んで歩くくらいで――」
とし江「まさか、一緒に住んでるんじゃないでしょうね」
そろりそろりと格子戸をあけて入り、玄関の靴などを描えていた米倉、ギクッとしで手をとめる。
厚子「やめてよ。看護婦の寮に男の子入れるわけないでしょ」
とし江「――どこで知り合ったんですか」
良司「新宿の――」
とし江「新宿――」
良司「喫茶店]
厚子「ヘンな目つきしないでよ。新宿の喫茶店のどこがいけないのよ。上野の動物園で知り合えば健全で、神田の本屋で知り合えば上等だっていうの」
米倉、思わず失笑してしまう。
とし江「笑いごとじゃないわよ」
厚子「そうよ」
とし江「厚子、あたしはねえ」
言いかけた時、ゴーンとカネ、お経がはじまる。
美声にして大声の坊さん。
うすい壁を通して、圧倒的な迫力。
とし江「あたしはねえ、こういうやり方」
厚子「え?」
とし江「こういうやり方、あんまり好きじゃないわね」
厚子「え?」
米倉、間に入りながら、
米倉「――お経が終ってから――」
黙ってお経を聞く三人。
米倉、物馴れた感じで、茶ダンスをあけ、菓子を出したり、チョコチョコと台所へ入ってみかんをもってきて、配る。
いやに大小のあるみかん。配ってから、とし江に小さいのがいってるのに気づき、自分の大きいのと取りかえようとする。
いいからとさえぎるとし江。結局取りかえる。
見ている厚子、母と目が合う。
四人、読経とカネを伴奏に時々チラチラと目を上げて相手を見ながら、みかんを食べる。

●岸本家・表(夜)
となりの小塚家へ入ってゆく弔問の客。お経。
ゴーンとカネがなる。

●岸本家・茶の間(夜)
とし江。厚子。 良司。
少し離れて、台所との境に半端な感じですわる米倉。
SE ゴーンとカネ
僧侶(声)「ナンマンダブナンマンダブ」
やっとお経が終る。
四人、申し合わせたように、ほっと吐息をつく。
とし江「あの、おつとめは(言いかける)」
厚子「おつとめ、どこなんですか」
米倉「え?あ、ぼく」
とし江「あたしが先に聞いてるんだから」
良司「インスタントの食品つくる下請け会社につとめてたんすけど、九月にこうなって」
体を斜めにする。
米倉「同じだ……ぼくんとこはね、七月(斜め)」
良司「そうすか」
米倉「構造不況ってやつのアオリでさ。いつの時代でも弱いとこにシワヨセくるねえ」
良司「やってらンないすよ」
米倉「あ、さっきの――」
たばとを一本返す。
良司「いや、いいすよ」
とし江「あの、どして――(知ってるの?)」
米倉「“チャランケ”でさ、いや、客が一人いるなとは思ったけど、まさか、アッちゃんが彼氏連れてきたなんて思いもよらないからねえ」
まずいこと言ったかな、という感じで笑いかける。
いや、いいすよ、という感じの良司。
とし江「(固い声で)それで、いまは(雲いかける)」
厚子「(すばやく米倉に)おつとめしてないんですか」
米倉「帯に短しタスキに何とかで」
良司「同じなんすよ。いやあ、気がラクになったなあ」
とし江「遊んでらっしゃるの」
厚子「お友達の会社、手伝ってるわよ」
米倉「それじゃ、ぼくよかいいや」
とし江「あの、学校」
厚子「さっき聞いたじゃない」
良司「木更津高校――(米倉に)まさか同じ学校ってこたァ――」
厚子「――東大だって」
良司「ああ、東大」
厚子「――ザブトン、敷きなさいよ、敷いてよ」
厚子、ザブトンを押しこむようにする。
米倉「――東大ってのはへンな学校でね。いやらしい位の秀才もいるけど、ハシにも棒にもかからないのも出るとこなんだなあ。昔、新宿に赤線があった頃ね、あそこのおかみのこれ(親指)が東大出で、応接間に東大の――その頃は帝大か。卒業証書額に入れて、かざってあるんだって。彼氏は、おかみに一日千円もらって、一日中パチンコしてるってハナシ」
とし江「よしなさいよ、子供の前で――」
厚子「毎日、パチンコやってるわけですか」
米倉「あ、ぼく?――いやあ、ぼくは業界誌からたのまれた原稿書いたり」
とし江「――こういう人がいるんならいると、どうして手紙に書いてこないの」
厚子「そりゃお母ちゃんじゃないの」
二人「女一人で歯をくいしばって」
言いかけた時、台所の方から、隣りの嫁・小塚秋子(38)が黒っぽい通夜のなりでのぞく。
秋子「すみませんけど――」
とし江「あ、奥さん」
秋子「オザブトン。余分があったら――あら、娘さん、帰ってらしたの?」
厚子「(固い会釈)」
とし江「なんか急にねえ」
秋子「たまに帰ったのに、隣りがお葬式じゃ、悪いわねえ」
とし江「いいえ、おまいり出来て――よかったですよ」
押入れをあけてザブトンを出すとし江。
米倉、小まめに受取ったりして手伝う。
秋子「お手数かけて――一、二、三、四」
目でかぞえる秋子。
良司、しいているのをはずす。
米倉「いいの?じゃあ」
ポンポンと叩いて上にのせる。
秋子「お借りします」
とし江「あとでおまいりさせて頂きますから」
秋子「おまいりもなんだけど。これ(盃)の相手する人がいないでしょ。うちのは飲めないし。シンキくさくて。よかったらご主入――」
とし江・米倉「(会釈)」
秋子、帰ってゆく。
厚子「ご主人か……」
厚子、笑い出す。
厚子「良ちゃん、あきれたでしょ。あきれかえったでしょ。あたし、良ちゃんに、すごい嘘ついてたもンね。うちのお母ちゃんは、教養はないけど、この十年、再婚のハナシなんか耳もかさないで、ジャーって、一日中ミシン踏んで、もう、見かけはフワフワでやわらかいけど気持はすごく堅いんだ、なんて、自慢してたら、――全然ウソだったもんね」
とし江「それはこっちだって同じ。一日中ミシン踏んでるお母ちゃんのこと考えると、誘感に負けないでやっていますなんて手紙、まにうけて、『今どき珍しい堅い娘なのよ』って、(米倉に)自慢してたのに」
厚子「ミシン踏んでただけじゃなかったもンね」
とし江「厚手。あんたね、この人のことでお母ちゃんのシッポつかんだつもりでいたら、大きに間違いだからね。自分がうしろめたいことしてるから、娘のことも大目にみて、ああいいよ、よかったね、って言うと思ったら大間違いだからね」
良司「――ぼくのこと、気に入らないわけですか」
厚子「どこが気に入らないの、東大出でなきゃいやなの!」
米倉「隣りで人が一人死んでるんだ。 大きな声出すのはよしなさい」
一同、急に声をひそめて、言い争いをつづける。
とし江「親、バカにした口、利いて」
厚子「親なら親らしくてよ!娘に恥かかさないでよ!」
米倉「アッちゃん。こういうことは落着いて」
厚子「アッちゃんなんて、馴れ馴れしく呼ばないで下さい」
良司「声、小さく――」
米倉「すしでも取ろうか。空きっ腹だと気が立つから、ビールでも抜くか」
厚子「失礼ですけど、身長体重どのくらいですか」
米倉「さすがは看護婦さんだ。いいこと聞くねえ」
厚子「娘には、釣り合いが大事だなんて言っといて、自分はなによ、ノミの夫婦じゃないの」
良司「よせよ」
厚子「自分がうしろめたいもんだから、良ちゃんにもナンクセつけて」
とし江「あんた達、ただのおつきあいじゃないね。手をつないで歩くだけのおつきあいじゃない」
厚子「だからどうだっていうの! 小言いう資格ないんじゃないの?」
とし江「それが親に向って言う言葉なの?二十二年間、苦労して育てた母親に」
厚子「あたしね、お母ちゃんのこと、自慢だったのよ。この人にお母ちゃん見てもらいたかったのよ。それ、何よ。お母ちゃんはね、あたしが一番大事にしてるもの、ぶっこわしちまったのよ」
良司「聞こえるよ」
厚子「お母ちゃん、お父ちゃんのお位牌の前で恥かしくないの。このヒモお父ちゃんのじゃないの、お父ちゃんのお位牌の前で」
とし江「ヒモっていい方、よしとくれ」
厚子「じゃ何ていうの?」
とし江「帯!」
米倉「(失笑)ヒモがしめてりゃ、帯だってヒモだよ」
とし江「もうよして!」
とし江、すすり泣く。
SE台所のガラス戸がコツコツ、ノックされる
とし江・厚子「はーい」
とし江、涙声で答え、エプロンで目を拭きながら、立ってゆく。
小塚家の長男、有一が手にいっぱい、箱などを持って立っている。
有一「すみませんが、これ、置かしてもらえますか。せまいもんで、どうも」
とし江「どうぞどうぞ」
とし江、受取って、ハナをすすり、
とし江「このたびは、どうも――」
有一「――奥さん……」
感動してしまう有一。これも涙声になって、
有一「よその方が泣いて下さるってのに、うちのときたら――シャキシャキして涙ひとつこぼさないんだから」
とし江「取り込みの時は、女は細かい用が多くて泣いていられないんですよ。あとになってさびしくなるもんですよ」
有一「――奥さんに泣いていただくなんて、おふくろもしあわせだ。ありがとうございます」
有一、ハナをすすって帰ってゆく。
とし江、もどってくる。
一同何となくおかしい。
米倉「涙がかわかないうちに、おまいりにいったほうがいいんじゃないのか」
とし江「よして下さいよ――」
といったものの――
とし江「(厚子に)いこうか」
●小塚家(夜)
つつましい祭壇に焼香するとし江。
うしろで待つ厚子。有一、秋子。
十二、三人の親戚がすしをつまんだりしている。
とし江、終って、厚子をうながす。
厚子、焼香する。
七十ぐらいの老女が黒枠の中から哀しい目で見ている。
有一・秋子「ありがとうございました」
秋子「おすしつまんでって下さいな」
有一「どうぞ」
とし江「よばれてこうか」
厚子「あたし、たくさん」
とし江「仏さまのお供養なんだかだから――いただいてこ」
とし江、固い表情で帰りかける娘を押さえつけるようにしてすしをつまみ、厚子に取ってやる。厚子、手を出さない。
母と娘のうしろで、故人の友達らしい老女、前野ひさと立花雪がひそひそばなし。
ひさ「生きてるうちが花だねえ」
雪「こやって四角いとこ、入ってしまったら、おしまいだ」
ひさ「なんかするんなら生きてるうち。骨になっちゃ、何にも出来ないんだから」
雪「心残りがないように、トロでも頂こう。ナンマイダブナンマイダブ」
聞いている厚子。

●裏口(夜)
小塚家勝手口を出て、うちへもどる母と娘。
前とは少し違った感じになっている。
厚子「よくあんなとこで、パクパク食べられるわね」
とじ江「食べたくて食べてるんじゃないって言ったろ。仏さまのお供養なんだから、たとえひと口でも箸つげるものなのよ」
厚子「きまり悪くて、居たたまれなかったわよ」
とし江「恥なら、お母ちゃんとっくにかいてるよ」
とし江、先に入りかけて、
とし江「あ、そうだ塩。トモさん!」
どなってしまって、娘の手前少し具合が悪い。
とし江「お塩、お塩まいて下さいな。米倉さん」
厚子「良ちゃん。お塩!良ちゃん!」
とし江「居ないのかな」
厚子「居ない?」
とし江「ちょっと、待ちなさい」
とし江、先に土って塩をとり、上りがまちの厚子にかけ、自分もしるしばかりを肩のあたりにかける。
厚子「良ちゃん、帰っちゃったの?」

●岸本家・茶の間(夜)
食卓の上に原稿用紙。原稿を書き馴れた大きな字で、
とし江(声)「二人でめもを食いにいってきます。話のつづきは明日。今夜はぼくのアパートに泊ってもらいます。おやこ水入らずでおやすみなさい」
とし江と厚子。
厚子「よかった。あきれて帰ってしまったのかと思って、ドキッとしちゃった…」
その横顔に、娘の気持を見るとし江。

●スナック「チャランケ」(夜)
良司に酒をすすめている米倉。奇妙な連帯感を感じ合っている二人。
マスターとママ。
米倉「――(笑いながら)男の好みってやつは、遺伝するもんだねえ」
良司「どういうイミですか」
米倉「おやこで、同じタイプの男に惚れてるからさ」
良司「ぼくはヒモじゃないすよ」
言ってから、しまったとなる。
良司「――すみません」
米倉「いいんだよ。ママ! 干物、焼いてよ。ヒモ、ヒモノ、ヒモカワウドン。こういうことば聞くと、このへん(胸)チクッときた時期もあったんだけどね、この頃じゃ、わざと言って楽しんでる。男もこうなっちゃ終りだな」
良司「東大出てンでしょ。どして就職しないんすか」
米倉「惨めなことにどれだけ耐えられるか、人体実験してるんだ――なんてのは、言いわけだな」
良司「――」
米倉「情の濃い気働きのある女ってのは、かえっていけないねえ。弱い男を駄目にする…」
良司「(うなずく)」

●岸本家・茶の間(夜)
食卓にひじをつき、じっと原稿用紙の字を見ている厚子。
厚子「どこ、行ったのかな」
台所から出てくるとし江。
とじ江「“チャランケ”だろ」
厚子「“チャランケ”なんて、ヘンな名前」
とし江「アイヌ語で“けんか”ってイミだって」
厚子「あたしたちにピッタシじゃない」
とし江「ほんとだ――」
厚子「――あの人におそわったんでしょ」
とし江「うん」
厚子「上手な字だな」
原稿用紙の下の方に、何か書いたものがあるのに気づく。
ひっぱり出す。英語。
とし江「あ――」
厚子「ウワア、あの入、日本字はうまいけど、英語はへタクソ――」
言いかけて、ハッとなる。
厚子「これ、お母ちゃん」
とし江がひったくるが、厚子、うばって、
とし江「よしとくれよ」
原子「I have to write to my daughter today.『私は、今日娘に手紙を書かなくてはなりません』
お母ちゃん、これ、あの人に」
とし江「――戦争中の女学校で英語はダメだからね。毎晩、少しずつ――。おすしでもとろうか」
厚子「あるものでいい」
とし江「精進揚の煮たのとつくだ煮しきゃないよ」
厚子「あ、いいな。そういうの、食べたかったんだ…」
とし江、台所へ立ってゆく。
厚子「My daughter works as a nurse in Tokyo.『私の娘は東京で看護婦をしています』」
厚子「She is twenty-two years old kind girl.『二十三歳のやさしい娘です』」
気持の中で、何かが溶けはじめる。
厚子、ゆっくりとあたりを見わたす。今まで目に入らなかったものが目に入ってくる。
一輪差しのピンクのカーネーション。赤いホウロウのヤカン。小さな鏡台の上のオーデコロンのびん。フタをとって匂いをかぐ。
突然、隣りのうちから、女の泣き声。二女のみどり(35)。
みどり(声)「お母さん!お母さん」
鳴咽がつづく。
盆を手に入ってきたとし江。
とし江「――旭川へかたづいている娘さんがきたんだ」
母と子、黙って鳴咽を聞いている。
とし江「いまお母ちゃん死んだら、お前泣いてくれないね」
厚子「――ううん。やっぱり泣くな」
二人、ぽそぽそとつつましい、しんみりした夕食をはじめる。

●米倉のアパート(深夜)
本と机だけのつつましい部屋。
フトンを敷いている米倉。手伝っている良司。
二人とも酔っている。
米倉「フトン、そっち」
良司「おたく、ないじゃないですか」
米倉「ボクは毛布でいいよ」
良司「ここから、通ってるわけですか」
米倉「通い夫。平安朝だ――」
良司「あれ、食費やなんかどしたんすかね」
米倉「平安朝か。まあ、知らん顔してると、女にイヤ味いわれたりしてたんじゃないの」
良司「どこに惚れたんすか」
米倉「君は、あの子のどこに惚れた」
良司「ウーン」
米倉「もともとはメン食いだろ」
良司「そうなんすよ」
米倉「ぼくもそうだったんだがね。おたがい、どうしてこういうことになったかね」

良司「(小さく笑う)」
米倉「――君たちはまだいいよ。約り合いがとれてさ。こっちなんかノミの夫婦だ。でもな、ノミにゃノミの心ってもんがあるんだ――ええと、枕はぬ――結婚するんだろ」
良司「おふくろさん、うんで言わないんじゃないかな」
米倉「なんだったら、口、利こうか」
良司、アレ?という感じでポケットをさぐる。
良司「おかしいな」
米倉「どしたの」
良司「たしかここに。おかしいな」

●岸本家・茶の間(深夜)
暗い中でフトンをぴったりくっつけて寝る、とし江と厚子。
風が強くなっている。
厚子「あたしの担当だった未熟児が死んだの。その晩――新宿のスナックでお酒のんだわ」
とし江「あの人とは、その時知り合ったんだね」
厚子「(うなずく)」
とし江「――お母ちゃんのは、なんだろうねえ。ミシン踏んでて、ああ、あたしは一生、下向いて、カタカタカタカタ――同じとこばっかり見て、カタカタカタカタ――死ぬまで、これだけなんだな。さびしくなったのかもしれないねえ」
厚子「――好きな人山来ると、なんか豊かになるね。お母ちゃん、前は赤い花なんか買わなかった。オーデコロンなんかもったいないって言ってたじゃないの。お母ちゃん、綺麗になった。前はお婆さんみたいだったけど、若くなった。あたし、見た時、アッて思ったもん」
とし江「親からかうもんじゃないよ」
厚子「ほんとだもン。ペタッとお尻落して坐ンなくなったし」
とし江「――」
厚子「お母ちゃんも女なんだね」
とし江「――五十になったら、もう、そういう気持はおしまいだと思ってたら、そうじゃないんだね」
厚子「――お母ちゃん、 あたしも女よ」
とし江「(笑ってしまう)ほんとだ。どして、二人とも手紙であんなにムリしたんだろ」
厚子「お母ちゃん、健気なことばっかし、書いてくるんだもン。言いそびれちゃったのよ」
とし江「なんでも人のせいにするんだから」
厚子「フフ」
とし江「良司さんと、結婚するんだろ」
厚子「さあ」
とし江「さあってお前」
厚子「そこまでの気持ないんじゃないかな。捕まってソンしたって思ってンじゃないかな」
とし江「こういうおっ母さんが居ちゃ、余計ダメだねえ」
厚子、枕もとのスタンドを消す。
とし江「毛布、もう一抜出そうか」
厚子「うん。いい…お母ちゃん、死んだら、泣くからね」
風、強くなる。
SE 玄関の戸を叩く音
厚子「またオザブトンかな」
とし江「そんなら、裏からくるだろ。ハーイ」
とし江、あける。
良司がいる。
とし江「あら」
厚子「良ちゃん、どしたの」
とし江「けんかでもしたの」
良司「財布、なかったかな」
厚子「財布、ないの」
良司「ねてからふっと気になってみたら、ないんだよ」
とし江「ないって、お金がないんですか!」
胸倉を取らんばかりに聞くとし江にびっくりしながら、
良司「いや、あの全部」
とし江「お財布ごとですか」
良司「ええ」
とし江「申しわけありません」
良司・厚子「え?」
とし江「全くもう。何てこと、するんだろうねえ。あたしが責任もって、なにしますから」
いきなり、とし江、ねまきの上に羽織を着ると、二人をぶつとばすようにとび出してゆく。
厚子「お母ちゃん、どしたのよ」
二人、顔を見合わす。
厚子、そのへんを探しながら、
厚子「沢山、入ってたの」
良司「いや、金は大したことないんだけどね大事なもの入ってたから」
厚子「大事なもの、入ってたって、なによ」
良司「うん、うん――」
厚子「ないわよ。うちには」
良司「そうすると、あと――」
厚子・良司「“チャランケ”」

●スナック「チャランケ」(深夜)
マスターとママから、財布を受取っている良司、厚子。

●米倉のアパート・前の路地(深夜)
路地を入ろうとする厚子と良司。
いきなり酔っぱらいの初老の男が立ちはだかる。
厚子「(びっくりする)」
男「百円!(手を出す)」
二人「え?」
男「タクシー代足ンないんだ、百円」
良司「自分ンち起しゃいいだろ」
男「それが出来ないからたのんでンじゃないか!たのむ!」
厚子「よしなさい出すことないわよ」
良司、ポケットから百円を出す。
男「――返さないよ。代りにとれ!」
酔っぱらい、何やら小さな箱を押しつける。
厚子「なあに、これ(開ける)」
ヘビが飛び出す、びっくり箱。
厚子、キャッとなる。
男、笑って、フラフラと出てゆく。
良司「酔っぱらい!」

●米倉のアパート(探夜)
半狂乱になったとし江が、壁にかかった背広のポケットを探り、小机の引出しをあけ、枕を蹴飛ばじ、フトンをひっくりかえし、めくって、下を改めている。
あっけにとられている米倉。
米倉「なにをするんだ」
とし江「お金がいるんなら、どして私に言わないんです!」
米倉「とし江」
とし江、米倉の胸許に手を突っ込み体を探る。
とし江「情けない真似して。さあ、返して下さい」
米倉「返せ?」
とし江「財布ですよ。返して!」
米倉、いきなりとし江を突き倒す。今まで見せなかった烈しい怒り。
米倉「なんてことをいうんだ」
とし江「だって――」
米倉「たしかに、アンタの財布からは、二枚、三枚と抜いたことがある。そりゃ認めるよ、しかし、人のものには手をつけたことないよ」
とし江「それじゃどうしてないんです!娘が連れてきた人のものに手つけるなんて」
米倉「わたしじゃないといってるのが判らないのか」
とし江「厚子はあの人に惚れてるんですよ」
SEノック
ドアがあく。
厚子「お財布あったのよ」
良司「“チャランケ”にありました!」
とし江「あった――」
厚子「どうかしたの?」
凍りついているとし江と米倉。
とし江「あったの」
米倉「…」
とし江「あたし、なんてこと――なんてことを…」
米倉「――」
とし江、申しわけなさと、取りかえしのつかない後悔、そして、やり切れない米倉。
とし江「(フフと苦く笑って)別れバナシしてたのよ」
厚子「別ればなし」
米倉「(苦く笑って)そうだな。そういう目で見られるようになっちゃ、もう、おしまいだろうな」
とし江「(うなずく)お母ちゃん、強がってたけど、ほんとはあんた達にきまり悪くて――子供に意見も出来ないんじゃ母親の資械ないものねえ」
三人「――」
とし江「――永い間、ありがとうございました」
米倉「こっちこそ、いろいろ世話になりました」
(間)
厚子「――本当に別れるの」
二人「(うなずく)」
厚子「お母ちゃん、それでいいの、さびしくないの」
とし江「もともと一人だもの。一日ミシン、ガタガタやってりゃ何とか生きてゆけるよ」
厚子、いきなりびっくり箱をとり、とし江の鼻の先でフタをとる。
ヘビがニューと、とし江の顔の前に、
とし江「キャア!」
物凄い悲鳴と共に米倉にしがみつくとし江。
とし江「へ、ヘビはきらいだって言ってるのに!」
厚子「お母ちゃん。女は、いくつになってもしがみつく人がいた方がいいよ」
とし江「――」
厚子「英語習ったり、赤いお花買ったりLて、暮した方がいいよ。何もなくて、ミシンばかり踏んでおとなりのおばさんみたいに死んじまったら、つまらないじゃないか!釣り合いとか世間体とか、そんなもの、いいじゃない!ウエディングドレスでも何でも着てちゃんを結婚式、あげるのよ」
とし江「厚子…」
厚子「(米倉に)ねえ、お願い。そうして下さい]
米倉、何か言いかけるが、とし江、 さえぎをって、
とし江「せっかくだけど――もう――」
厚子「どして!どしてダメなの」
とし江「お母ちゃん、取りかえしのつかないこと、言っちゃったのよ」
厚子「何ていったの」
とし江「――」
原子「言い過ぎたんなら、謝まればいいじゃない。手、ついて土下座して謝まればいいじゃない!残りの人生、ひとりぼっちでさびしくてもいいの!」
とじ江「――」
厚子「――(米倉に)お母ちゃんが何言ったか知りませんけど、駄目ですか?本当にもう、取りかえしがつかないんですか」
米倉、厚子の必死の目、とし江のすがるような目を見る。
ポツンという。
米倉「――おたがい、ウエディングドレスって年じゃないからねえ。まあ、指輪ぐらいにしとくか」
とし江「トモさん…」
厚子「――お母ちゃん…」
米倉「そうだ(良司に)指輪もあったの?」
厚子「指輪――」
良司、テレながら中から、エンゲージリングをとり出す。
良司「ハナシがスンナリいったら出そうと思ってたんだけど――」
厚子「これわたしに!」
良司「決まってるだろ」
厚子「――お母ちゃん――いい」
とし江「(うなずく)」
厚子「あれ、反対するかと思ったら」
良司、びっくり箱のヘビをしまう。
米倉「びっくり箱でおどかされて、どうかしちゃったんだ」
とし江「(涙の目で笑う)」
厚子「じゃもうひとつ、びっくりさせてあげようかな」
三人「?」
厚子「あたし、赤ちゃん、出来てンだ」
良司、あわててびっくり箱のフタをあけてしまう。またとび出すヘビ。
しかし、今度はとし江はびっくりしない。
鼻先のヘビを押しのけ、厚子に、
とし江「ほんとかい」
厚子「(うなずく)」
とし江「赤ちゃん…」
厚子「怒ってンでしょ」
とし江「――やだねえ。お母ちゃん、オヨメさんになる前に、おばあさんになっちゃった」
泣き笑いのとし江。
●路地
小縁家の出棺をならんで見送るとし江、厚子、米倉、良司。

手を合わせたり、おじぎをしたりしながら、それぞれ、隣りに囁きかける。
とし江「(良司に)厚子さんおねがいしますよね」
良司「(うなずく)」
厚子「(米倉に)お母ちゃんをよろしく」
米倉「(うなずく)」

●信越線・車中
向い合った座席で眠る厚子。
安らかな寝顔。
じっとみつめる良司。
厚子の指輪をはめた手が膝の上のみかんを支えている。
眠りが深くなったのか手がゆるみ、みかんが落ちそうになるのを良司、支えてやる。
ジャンパーを脱ぎ、腹のまわりにやさしいしぐさでかけてやる。

●岸本家・茶の間
ミシンを踏んでいるとし江。
とし江「お茶でもいれましょうか」
うしろをふり向いて、ハッとなる。
食卓に坐って履歴書を書いている米倉。
とし江、茶の支度をする。
とし江「住所ね、アパートの方じゃなくて、ここでいいんじゃないんですか――」
米倉「――勤めが決まってから、そうするよ」
とし江「(うなずく)」
茶筒のそばにびっくり箱。
米倉「びっくり締か」
とし江「――いろいろまあ、びっくりすることばっかり」
米倉「あっちの庁がもっとびっくりしたろ」
とし江、うなずいて、
とし江「人間なんて、フタ開けりゃ、何が飛び出すか判んないもんなのねえ」
米倉「だから面白いんじゃないか」
とし江「これから先も、あるかしらねえ、びっくりすることが」
米倉「死ぬまであるさ」
とし江「あ」
米倉「何だい」
とし江「びっくり箱って英語で何ていうんですか」
米倉「びっくり柿ねえ、ウーン?なんかで見たなあ、ええとねえ、ええと――ウム――そうだ、JACK--IN--THE--BOX」
とし江「ジャック・イン・ザ・ボックス」
米倉「ジャックはスペードのジャック、日本でいやあ、太郎だな」
とし江「ジャック」
米禽「JACK――」
とし江「ジャック・イン・ザ・ボックス」
言いながらたどたどしくスペルをならべる。
とし江「ひとつ覚えた」
書き終って、
とし江「どんな子が生れるかしらねえ」
米倉「これも飛び出して見なきゃ判らんさ」
とし江「びっくり箱と同じ――か。あら」
米倉「うん?」
びっくり簡のフタの具合がおかしくて、開かない。
米倉「どら」
と手をのばした拍子にポンと開き、ヘビが、二人の寄せた顔の前にシュッと飛び出す。
ワッとなる二人の顔のストップモーション。

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