聖母讃歌遠藤周作マンションの管理人もコーガンにあまり好感を持っていなかった。 「家賃の払いが遅れる人でね。それに油虫が出たぐらいで大騒ぎをするんだ」 神父と大学の講師をやめれば彼に収入の途がなくなるのは当然だった。彼は何人かの昔の学生に英語を教えて四カ月間の収入を得ていたのだ。家賃の払いが遅れても仕方はない。台所に出る油虫が嫌いだということも当人の責任ではないだろう。 「それに女の子を連れこんでね」 「ほんとですか」 私が変な顔をしたので管理人は弁解するように、 「普通の人ならいいけど、あの人、前は牧師さんだってね。牧師さんのところに近所のバーの女がたずねてくるのさ」 神父が神父をやめるとその評判はやっぱり悪くなるものだ。さすがに聖職者たちはできるだけその話題にふれないようにしているが、信者のなかではひそひそと悪口を言う場合が多い。今まで尊敬もし信じてきた相手に裏切られたという気持や幻滅感が働いてどうしても色眼鏡でみてしまう。コーガンの場合も、勉強の山来る学生だけを贔屓にしたとか、自分の研究だけに片よって授業を怠けていたという噂は私も時々、耳にしていた。神父の時も私服に着かえて新宿のスナックなどに飲みに行っていたとある女信者から聞いたこともある。もっとも神父が酒を飲みにいってなぜ悪いと私が反駁するとその女は黙ってしまった。 「キューピーさんはこの近所のバーの女の子とつきあっていたらしいですね」 と私は今は自分の仕事場になったこの部屋で高山さんにたずねた。 「管理人がぶつぶつ言っていましたよ」 「近所のバーと言えば、ぼくが一度、連れていったことがあります」と高山さんは首をかしげて「そこの女か、なあ」 その夕暮、私は彼を誘ってそのバーに寄ってみた。神父をやめたコーガンがどんな女とつきあっていたか、ちょっと好奇心があったからである。 南平台から高速道路の走る大通りに出る角にそのバーはあった。何の変哲もない酒場で扉にホステスさん募集という紙がはってある。向い側にガソリンスタンドがあって白い作業服を着た青年が自動車を洗っていた。セメントの臭いが鼻につく地下室の狭い階段をおりて扉を押すと、若いボーイと二人の女がダイスをやっていた。客はいなかった。 「いらっしゃい」 と彼女たちは言ってボックスに腰かけた私と高山さんの膝にすぐ手をおいた。肥ったほうがママさんで、人の良さそうなほうがホステスだった。二人とも高山さんのことは憶えていないらしく、どこの酒場でもやるような会話をしばらく続けてから、 「この店に外人さんが時々、来ただろう」 とたずねると、どの外人さん、外人さんなら三人、ぐらい来るわという返事が返ってきた。 「そうね、キューピーみたいな顔をした人」 「ああ、キューピーさん」と彼女たちも笑って、「うちでもそう呼んでいたの。久美ちゃんの好きな人よ」 久美ちゃんはママの姪で、時々、との店に手伝いにくる女の子だという。今日は来るかしら、来るよ、とボーイが答えた。我々がそのボーイとダイスをして待っていると間もなくジーンズをはいた色の白い弱々しそうな娘が現われた。 「キューピーさんの友だちよ」 と人の良さそうなホステスが言うと、久美ちゃんは野菜の入った大きな紙袋をボーイにわたしながら、 「あの人、もう国に帰ったでしょ。わたしも送りたかったけれど熱を出して行けなかったの」 と答えた。 「この子、その時、膀胱炎だったの」 とママが教えてくれた。 そう言われてみると彼女の顔色はあまり良くなかった。ブラウスを着た胸は小さくジーンズをはいた腰も肉がなく、肥ったママとは対照的だった。娘というより少女という感じがした。みんなの話によると、コーガンは週に一度ほど店に来て、ボックスには坐らず、止り木に一人腰かけて飲んでいたそうである。 「温和しかったわね」とホステスがからかうように「私たち、あまり好かれてなかったみたい」 「嘘よ」と久美ちゃんはチーズを皿にのせながら弁解した。「恥ずかしがりやだったのよ、キューピーさんは」 「君は彼のマンションに行ったことがあるかい」 私が急に訊ねると、久美ちゃんは悪びれず、 「ええ、行ったわ。キューピーさんが風邪で寝た時、サンドイッチ、持っていったの」 と答えた。 その後私はたびたびその店に行った。コーガンよりも私は金があったから、コーガンのように止り木に腰かけることをせず、二つあるボックスの一つに坐って、久美ちゃんをそばに呼ぶこともあった。酔った私は彼女の肩に手をまわしたがその肩のうすさから別に裸にしなくても凹んだ腹や少女のように細い脚を想像することができた。寝たいとは一度も思ったことはなかった。 ある日、手洗所で手を洗っていると、久美ちゃんがなかに入ってきた。彼女は鏡にうつる私を背後からじっと見つめていたが、「ねえ、お金かしてくれない」 と突然、言った。なぜだい、とシャボンを動かしながらきいた。お母さんが急にお金がいることがあって二万円ほしいの、と近眼のように眼を細めて彼女は私をじっと見つめた。この子は相当の猫だと思いながら私はコーガンのことを考えた。 「貸してもいいが、キューピーのこともっと話せよ」と酔っていた私は言った。「君はあいつに口説かれたことがあるか」 「そんな人じゃないわ、あの人」 「しかし、彼の部屋に行ったじゃないか」 「お話するだけよ」 「なんの話」 「色んなこと。家のこととかお母さんのこととか」 「お母さんのこと?」 「ええ」 「お母さんがどうしたんだい」 「あの人が神父さんになった時、一番、悦んだのはお母さんだったんだって」 「その神父を彼はやめたのさ」 「そうね。そう言ったわ。お母さんの話をする時、キューピーさん、泪ぐんでいたもの」 私は意地悪な気持で札入れから一万円を一枚、一枚、ゆっくりとり出した。久美ちゃんが私の手をじっと見ているのがよくわかった。 「君たちキスしたこともないのか」 「そんなこと、しないわ。あの人」 「本当に、何もなかったのか」 「何もないわよ。叩いたこと、一度、あるけど」 「叩いた?」 「だって、キューピーさんがそう頼むんだもん」 彼女はそれが当然のように答えた。 「その時も、泪ぐんでいたわ。それだけよ。何故、そんなこときくの。たいしたことないじゃん」 誰かが手洗所に入る気配がしたので話をうち切ってボックスに戻った。久美ちゃんも何事も、なかったようにボーイと氷を割っていた。 その夜遅く仕事部屋に戻った。机のスタンドが小さな部屋に暗い影をつくっている。コーガンがいた時はここは彼の寝室で、ブルーチーズのような体臭がこもつていたのだ。あいつもあれで出発までの四カ月間、随分、寂しい思いでここに住んでいたのだなと思った。 コーガンが発って二カ月目、夏は異常に暑かった。仕事部屋に小さなルームクーラーをつけてみたが、そのクーラーはあまり効かなかった。仕事の合問、食事をとるためにマンションを出ると、大通りを走る車の騒音と熱気が顔に襲しかかってきた。 暑さのなかで、妙な話を耳にした。馬鹿馬鹿しいと言えば馬鹿馬鹿しいが、またふしぎな話でもある。秋田市の郊外にある小さな女子修道院の聖母マリア像が泪をながしたというのである。像は一米足らずの木づくりのものだったが、ある日、修道女の一人がチャペルで祈っている時、象の頻が急に汗でぬれ、眼から泪がながれはじめた。その日から聖母は修道女たちの見ている前で、毎日、泣いた。泣くだけでなくひろげたその掌に傷ができ、傷から血がにじみ出た。 この話は新聞などには載らなかったが、夏のあいだ、信者たしに会うと必ず話題になった。当惑げにその話をする者もおれば、不快そうに否定するものもいた。はじめ聖職者たちもほとんど沈黙を守っていたものの、噂が夏の暑さのなかで急激に拡がると、東京の神父たちのなかには本気で怒る人もいた。こういう迷信じみたことは本当の宗教とは何の開係もないとその神父たちは言った。 そんなある日、久美ちゃんの店に雑誌社のM君と出かけて、ホステスたちにこの聖母の話をした。 「信じるわ。わたし」 と人の良さそうなホステスが眼をかがやかせ、ボーイは軽蔑したように肩をすくめた。「わたし、今度、たずねてみょうかしら」コップをみがきながら久美ちゃんは「私のお母さん、秋田だから」 「へえ、お母さんは秋田なの」 いつか金を貸してくれと言った時、彼女はそんなことは口にはしなかった。あの二万円もその後、忘れたふりをして返してくれない。 「それより」とM君が言った。「そのマリア像のルポを書きませんか」 私自身もそんな荒唐無稽な話を信じてはいなかった。東京の神父たちと同じようにそういう出来事は宗教の本質と向の関係もない気がしたが、ただそんな出来事を発生させた修道女たちの深層心理には好奇心があった。 「キューピーさんから便りがあるかい」 「向もないわ」 久美ちゃんは首をふった。彼女の心にはもうあの男の存在は薄れているようだつた。 「この子は脱落した外人神父の恋人だったんだよ」 私は出版社のM君に久美ちゃんを指さして教えた。私のなかにまた意地悪な気持が起きていた。 「そうだろう、久美ちゃん」 「恋人なんかじゃないわ。キューピーさんとわたしとは年だって随分、ちがうんだから」 「じゃあ、なぜ、彼の部屋に何度も行ったんだ」 「だって可哀相だったからよ。いつも寂しそうだったし……」 ボーイもホステスもうす笑いをうかべながら、私と久美ちゃんの会話をじっと聴いていた。 「可哀相なら、なぜ彼を叩いたんだ」 「だって」久美ちゃんは顔を赤くして「言ったでしょ、あの人が頼んだんだもの」 「なんて頼んだんだ」 「お母さんのかわりに……叩いてくれって」 へえ、あなたキューピーさんを叩いたの、とホステスが嘲るように訊ねた。みながあまり、からかうので久美ちゃんは泣きはじめ、私は自己嫌悪にかられて水割りを飲みつづけた。 店を出た時、出版社のM君が急に足をとめて私をとがめた。 「あれましたね。なぜ、あの子を苛めたんですか。いい子ですよ」 「わからない」 私は首をふった。蚊妬かもしれないと自分で思った。しかし私は久美ちゃんと寝たいと思ったことは一度もない。嫉妬しているとすればそれはもっと別の心からだった。 九月になって暑さがやや去った。私はM君と秋田に向う飛行機に乗った。例の修道院のふしぎな出来事を取材するためである。飛行場から市内に入る路の両側には黄ばみはじめた稲田がひろがり、東北の山脈の上に白い雲が浮かんでいる。修道院はそんな秋田市の郊外の谷戸にあったが、そこも四方に青い山がみえ、白い雲がみえた。 修道院の小さな建物は物音ひとつしなかった。声をかけたが返事がない。建物の背後の広いキャベツ畠にまわると、野良着をきた女がバケツのなかで野菜を洗っていた。彼女も修道女の一人だった。ここは在俗修道会といって会員たちは、日中、一般の人間と同じように教師や保母をして働いているのである。 「誤解をまねくから、取材はいっさい応じないと言っています」 その修道女と話をしていたM君は困ったように離れて煙草をすっていた私に相談にきた。その靴は畠の泥でよごれていた。 「聖母像は見せてくれるの」 「チャペルに入るのは自由だと言っていますがね」 私たちはよごれた靴を気にしながらまた玄関にまわり、横にあるチャペルをそっと覗いた。畳敷の十畳ほどの部屋で祭壇があり、祭壇のかたわらにその聖母像が置かれている。近よると、両手を左右にひろげたその聖母は一米ほどの高さで、白木を材料にしたものだった。だがなぜか首から顔だけが何かの溶液にひたしたような褐色に変色している。そのため聖母の表情はひどく疲れきった女のそれのように見えた。「なんだか、出産後の女みたいですね」 とM君は呟いた。M君は最近、子供ができたばかりだから、その時の妻の表情を思いだしたのかもしれない。私は私で母の死顔のことを考えていた。三十年前、母が倒れた真夜中、私は友人たちと新宿で遊びまわっていて、知らせを聞いて駆けつけた時、もう彼女は一時間前に息を引きとっていた。ベッドの周りに教会の何人かの信者が跪いていて、枕元に暗い蠟燭がともっていた。蠟燭の火は手をくんだ母の顔を照らし、死顔は疲れ果てた女の顔のようであり、その眉と眉との間にくるしげな影があった。その後、長い間、私はこの母の顔のくるしげな影を幾度も幾度も思いだした。 「泪や血の痕はありませんね」 M君はがっかりしたようにその手を覗きこんで、 「やっぱり出鱈目だな」 と言った。この時、背後にさっきの野良着の修道女の気配を感じて私はふりかえった。チャペルの入口でM君の言葉を聞いたさっきの修道女が、我々を見つめたまま、つよく首をふった。いいえ、出鱈目ではありませんよ、本当ですと、その真剣で素朴な眼が訴えていた。 夕方になって秋田大学の医学部をたずねた。聖母像の泪や血を鑑定した教授と助教授とに会うためである。医学部もやはり市から少し離れた新開地にあって、窓に灯のかがやく病院は夜の海にうかぶ船のようにみえた。四階のがらんとした研究室で私たちは血色のいい小肥りのO教授から鑑定の話を聞いた。 「修院から持参したガーゼを私は法医学教室のS助教授にわたしました。事情を話すと主観や偏見が入るといけないと思い、何も言わず、自分の研究のためだと頼みました。だからS君はその段階ではそれが聖母像から出たものと知らなかったんですよ」 「で、結果はどうでしたか」 「汗は鑑定不可能でしたが、泪と血とはまぎれもなく人間のものでした。血はB型です」 「しかし、さっき見ましたけれど」とM君が反駁して「聖母像に手の傷跡はありませんでした……」 「消えたんです。傷ははじめ十字架の形をしていて、その後、丸く深くなったそうです。それが一日で消えたのです」 この小肥りのO教授が嘘をついているとは思えなかった。第一、嘘をついてもこの教授に何の得にもなる筈はない。 「汗や泪は匂いがしましてね」 「匂い?」 「ええ、言いようのないほどいい匂いです。あんないい匂いは嗅いだことがありませんね。その後もあのチャペルには時々、その匂いが充満するんです」 「ぼくらには何も匂いませんでした……聖母の顔は、随分、消耗してみえましたが」 「人によって表情が変ると聞きましたよ」O教授はまるで当り前のように「たとえば子供たちが行くと、その匂いがたちこめ、やさしく微笑むんです」 「先生、信じますか」 「ふしぎですね。資料が科学的に-証明されただけでもふしぎだと思います」 O教授は私たちをエレベーターまで送ってくれた。にぶいエレベーターの音を聞きながら、M君と私とはしばらく黙っていた。 「なんだか妙に疲れました」やがてM君は溜息をついた。 「不愉快なようないらいらした気持です」 私にもこの感じはわかる気がした。私は母の死顔とあの聖母の疲れきった表情とを心のなかで重ねあわせていた。 仏蘭西に行った時、ルルドにあらわれた聖母の似姿を絵や木像で見たことがあったが、あれはそんな表情ではない。 「でも人によっては優しい顔にみえたりするらしいね」 「角度や光のあたり具合によるんでしょう」 「ぼくらには、いい匂いさえもしなかったな」 「本当でしょうか。信じられないなあ」 M君はあくまでもそんな奇妙なことは納得できぬと言いはった。 翌日、飛行機に乗るまで時間があったので、M君を誘って田沢湖まで車をとばした。昨日と同じように四方には黄ばみはじめた稲田が拡がり山脈の上に白い雲が浮かんでいる。木々はまだ紅葉はしていなかったが、秋の気配はその白い雲やあざやかな山ひだから感じられた。幾つかの村をすぎ、幾つかの小さな町を通過して二時間近くたった時、私は横沢村という標示をみて、 「車をとめて」 とタクシーの運転手にたのんだ。いつかコーガンが大友義統の話をしてくれた時、この不運な男が牧田県の横沢か横山とか言う場所に流されみじめ・な生涯を終えたと言っていたのを思いだしたからである。 「ここかな」 ここだ、という確信はなかったがつぶされたような僅かな農家が丘陵と雑木林を背後にして散らばっている村はいかにもその男の晩年にふさわしい気がした。義統は粗末な衣服に縄をまき、毎日、自分の体を鞭うち、揚句の果ては栄養失調で死んだとコーガンは話していたのだ。 「寒さがきびしいですか。ここは」 と実直そうな中年運転手に訊ねると、彼はうなずいて、「そりゃあ、雪の深いとこです」 と答えた。 そのコーガンから葉書をもらった。ニューヨーク近代美術館の絵葉書で、自分は今、この大都会にいる。生活は色々とむつかしい、と近況を簡単に書いてあったが、今、何で食っているのかは触れていなかった。四十八歳になって神父をやめた男には仕事口を見つけるのは困難なのにちがいなかった。 高山さんに電話をすると、彼にも手紙が来ていて、日本切支丹史の研究を出版してくれる米国の本屋はないと訴えてきたという。「ぼくの人生は失敗です」とコーガンは末尾に書いていたそうだ。 その高山さんを誘って久美ちゃんの店に、夕方、久しぶりに出かけた。夕方だから他の客はまだ見えず、ママの姿はなくホステスとボーイとがトランプをしていて、相変らず久美ちゃんはコップを磨いていた。 「そのロザリオ、どうしたんだい」 私たちは久美ちゃんの首に光っているロザリオを見つけてたずねた。ロザリオとは言うまでもなく基督教信者が祈る時に手にもつ数珠のようなものである。 「この間、キューピーさんが送ってくれたの。あの入、元気らしいわ」 と彼女は私の顔色を窺いながらおずおずと答えた。コーガンのことが話題になるのをあの日以来、久美ちゃんは避けているようだった。 「そんなもの、どうして、くれたんだろ」 「前に、私がほしいと頼んだからよ」と彼女は早口で弁解した。「あの人の持っているのは、お母さんの形見だから、いつか別なのをあげるって」 「なぜ、ほしいんだい」 「だってアクセサリーにいいんだもの」 そう言われればとのロザリオは小さな女性用で、透明な硝子珠をつなぎあわせて、先端に銀色の十字架がついていた。久美ちゃんのほっそりした弱々しい首にそのロザリオはたしかに恰好のいいアクセサリーだった。しかしロザリオは祈るためのもので首にかけるためではなかった。私はコーガンがなにか可哀相な気がした。 「随分、御無沙汰ね」 やがて姿をみせたママが私を見て言った。 「秋田に旅行していたんだよ」 聖母像の話をしゃべると、ホステスと久美ちゃんは眼をかがやかせて、ママとボーイは信じられぬという顔をした。 「本当だと思うわ」人の良さそうな顔をしたホステスはしみじみした声で呟いた。「そんなこと、あると思うの」 「なぜさ」ボーイは馬鹿にしたように「アーメンでもないくせに」 「アーメンじゃないけどさ、子供が行くとマリアさまが微笑むって……そんなの信じたいわよ」 遠いものでも見るような眼でホステスは溜息をついた。ひょっとするとこのホステスにも不幸な幼年時代があったか、別れた子供がいて、今、そのことを考えているのかもしれないなと私はふと思った。 「評判が悪いですね」と高山さんが引きとって「あの話、基督教文化団体では声明文を出すという話ですよ」 「声明文?」 「ええ、とういう話はかえって一般の日本人に基督教を軽蔑させるでしょう。困ったもんです。要するに修道女たちの妄想ですからね」 秋田の修道院で強く烈しく首をふった野良着の修道女の眼が急にうかんだ。出鱈目ではありません、本当ですとその真剣な眼は言っていた。 「そんなに評判、悪いんですか、東京の教会では」 「困ったもんだ、とみんな言っていますよ。時代遅れもいいとこだから」 そういえば私が雑誌に書いた聖母像のルポについて知りあいの若い信者から苦情を言われたことが一度あった。あなたがああいうものを真剣にとりあげるとは思わなかったとその青年は本気で怒っていた。 「行ってみようかなあ。わたし」 と突然、久美ちゃんが、 「お正月、秋田に戻るから。その時、その修道院をたずねてみようかなあ」 「たずねてみなさいよ」 高山さんは苦笑して空になったコップをかえすと、久美ちゃんは不安そうに、 「そのマリアさま、別に悪いことするんじゃないんでしょう。たたったり、病気にしたり」 「そんなこと、するもんか」私は彼女のために修院の地図を書きながら笑った。「マリアさまだもん」 秋が終って冬がきた。仕事場にすっかり私は馴れた。はじめの頃、残っていたコーガンの思い出も二つの部屋からすっかり消えてしまった。彼がいた時、窓から見えた風景の一角が崩れたせいもある。かなり大きなマンションの工事がはじまって、別の風景が毎日、仕事をしている私の眼にうつった。 あれほど噂になっていた聖母像の話もいつの間にか下火になった。半ば好奇心と半ば真剣な気持で東京の信者たちもかなりあの修院に出かけたらしいが、当の修院では私の場合と同じように、いっさいこのことの質問に応じてくれなかったからである。聖母の秘密を世間の非難からその小さな修院の修道女たちは自分たちだけの手で必死で守っているようだつた。 正月の六日、仕事部屋で夕暮まで仕事をしていると、急に机の上の電話がなって、 「来てくださいよ」 とあの店のホステスの声だった。声は何か探しものでもみつけたようにはずんで嬉しそうだった。 「今、すぐ」 「忙しいんだよ」 「でも来てくださいよ」 私はやっていた仕事をやめて底冷えのする外に出た。四時だというのにもう暗くて陰鬱な夕方だった。私をみるとホステスも久美ちゃんも急に黙りとんだ。 「どうしたの」 「匂うの」 久美ちゃんはスエーターのポケットから、いつかのロザリオを取りだした。小さな硝子だまがシャンデリヤのようにきらきらと光った。 「お正月、暇だったから、あの修道院に行ったの。見たわ」 「見た?どんな顔をしていた」 「なんだか一人ぽっちで悲しそうな顔をしていたわ。わたし、キューピーさんが話をするお母さんの顔みたいだなと考えていたの。そしたら、だんだん部屋にいい匂いがしてきて、一緒にいた修道女の人が、久しぶりですとと言ってくれたの」 「香水の匂いじゃないのか」 「ちがう、こんな香水ってないもの。それに、とのアクセサリーだけにその匂いがしみついているんだもの」 ロザリオをとりあげ顔にちかづけた。強くなく、鋭くもない柔らかな香りが硝子球から漂ってきた。私にはそれがなんの香りなのか判別もつかない。突然、優しさ、と言う言葉が頭にうかんだ。そう、もし人の心の優しさに匂いがあるならば、それがこの匂いだという気がした。子供の時、私が母に感じていた匂い。その後、私がながい間自分の心に失った匂い、それがこの匂いだった。そして私が修道院に行った時、聖母は私にこの匂いは与えなかった。それは聖母の私の倣った人生や信仰にたいする判定のようにさえ思えた。 | ||
